懐かしいものみーつけた

最近ひょんなことから過去(地震前兆の体感をはっきりと意識するようになってから約2カ月経った頃(2004/11))の地震関係の宏観現象報告掲示版の自分の書き込みを見つけてしまいました。
(あ、以前は4児の母@横浜というHNを使ってました。)
http://promises.cool.ne.jp/keijiban8776-9093.htm

この頃はわけもわからず体感があってしょっちゅう具合は悪くなるし、あちこち火山が噴火して大きな地震が相次ぐイメージもあったし、どうにかしたいけどどうにもできずに焦るばかりで…
んで、それを家族に言うと「地震ノイローゼみたいだから医者に診てもらったほうがいいよ」とか言われちゃって
誰にもわかってもらえなかったし、もうどうしていいのかわからなくて、でも、とにかくなんとかしなくちゃいけないって思いでかなり必死の暗中模索…だったんだよね…

それで、この掲示版の書き込み見て思い出したんだけど、以前はなんとかして方角を探れないかと部屋の中心にキャスター付きの椅子を置いて座りぐるぐる回って耳感確かめたり(うっひゃぁ~はたから見たらかなり怪しかったと思う~
心拍数を測ってその違いをみたり、何時何分にどちらの方角を見ていた耳にどんな音が聞こえたかとかこまめにメモを取ったりして一生懸命だったんだよなぁ…
今みたいに地震の前の体感があるという人もかなり少なかったこともあって体感組といわれていた佐藤@刈谷さんとか私とか結構叩かれてねぇ…(遠い目)
2004年の12月中旬頃だったと思うけどかなり体感強くてどうしようもなくてそれを書き込んだらまたそこから否定意見で掲示版が荒れちゃって
それで心が折れちゃってしばらく書き込めなくなっちゃって、で、間もなくあのスマトラ沖の大地震が起こったんだよね。
感覚ではものすごいことが起こると感じていてもなにもできなかった自分の無力さを痛感したものでした。

そう思うとこの地震の体感というのも一体何なのだろうと思うわけですよ!
なぁ~んの役にも立ちませんから~
近々大きな動きがありそうだとわかったところでそれがいったい何になるのだろう…って話です。
体感で地震がどの辺にいつ頃来るかがわかったとしたらそれが誰かを救うことになるかもしれないなんてこと一時真剣に思ったこともあったけれど
今は自分の中でそんなの思い上がりの自己満足にしかすぎないんだってことに行きついてしまいました。

もし、誰かが発生場所、日時まで予知できちゃったとしてその通りにそれが起こったとしたなら皆その人の言葉に依存しちゃうでしょ。
誰かや何かに依存するということはそれに支配されることと紙一重で見えない世界から見たらよくないわけですよ。
だから他を依存させるような特殊能力は要らない。というか、あったらまずいと思う。
なぜ人間が生まれたとき輪廻や前世の記憶もまっさらにして生まれるのかを思うと、それが重要なことで公平を保つためだからなのではないですかね。
一からやり直すためにまっさらにして生まれてくるのでしょ。
なのにそこに本人の努力とは全く無縁の、誰をも依存させてしまうような特別な能力を顕すことがどういうことなのかというのを考えたらそれ自体が既に格差を生む元で支配につながると思えてしまうのですよね。

さぁ、いよいよ何を言っているのか自分でもわからなくなってきましたが…jumee☆whyR
特殊な能力のようなものにとかく人は魅かれがちだけれどそんなの実は皆持ってるものなんだと思うんですよ。
ただそれを人間としての自分には必要ないと自分の潜在意識が思っているから表に出ないだけで。
だから、答えは自分の中にあるはず。他に依存してはいけないよね。おかしなことになるから。

私も自分の潜在意識がいったい何をしたいのか、この体感がいったい何なのかは人間として知りたいと思いますが
誰かや何かに依存するのもされるのも振り回されるのも振り回すのもゴメンです。
なので、そうならないように体感メモは予知と誤解されないようコソっと隠して記録して数日経ってから公開しているんですが…(な~んていっても予知として成り立つような内容でもありませんけどね。オホホ…

先日も「防災のための情報の一つとして…」って感じでブロとも申請してくださった方がいて、お友達が増えるのは嬉しいのですが、そういったところでは正直微妙な心境なんです…

あら、話があちこちに…(話にまとまりないのはいつものことだけど。)
というわけで、懐かしい~書き込みからあれこれと感じたことを書いてみました。






タグ : 体感

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